2006年06月23日 18:27

奈良県で、医師宅が全焼し3人が亡くなった事件で、16才の長男が逮捕されました。

多くの子どもたちが、悩みを持っていながら、学校でも家でも打ち明けることが出来ずに、苦しんでいます。

この事件を通して、みなさんのお考えをお聞かせください。

http://eibee58.seesaa.net/article/19705703.html

1: 口コミさん : 2006-06-24 00:16
子供は親の操り人形ではない。
親の理想とうりになんてありえないのに・・・今 社会も家族もどうかしています。
赤ちゃんから教育・英会話・・・どうかしています。
本来の子供はどこへ?
子供は命をかけて親の望みを叶えようとします。
16歳の子供・・・どんな想いで・・・悲しいことです。
この狂った社会の犠牲は子供たち・・・。
ひどい世の中です。
2: 口コミさん : 2006-06-24 03:55
胸が痛みます。
私の周囲には、この医師のお宅に似た環境の家庭が
けっこう多いのです。
゛親の心子知らず゛といいますが、
子供の心を知らない親も多いと思います。
3: 口コミさん : 2006-06-24 04:46
現代社会では家族が個人化・多様化し、自分の居場所がなかったりします。周りからは仲の良い家族に思われていても、家族が崩壊していたりもします。
ゼミで子育て支援について考えていますが、私達でできる様なことはなかなかありません。
国が動き、社会を変えていかなければ日本の未来はないと話し合っています。
4: 口コミさん : 2006-06-24 05:06
ある意味、いろんなことが怖いと思いました。
親も社会も、いつの時代だって、子ども達は幸せに育ってほしいと願っているはずなんです。
我が子に限って、と誰もが思って育ててきているはずです。
なのに…何がおかしくなっちゃったんでしょう?
親として、私は間違っていない?と神経質なほど悩む日々です。

知り合いで、親も気にしていなかった幼稚園の先生に言われた一言が、10年経って、不登校という形であらわれた人がいます。
子育ては、つながっています。
今の世代、前の世代、その前の世代…
誰のせい、じゃなくて、本当に誰もが自分のことのように真剣に考えていかないと、と思いますが、無力な自分が情けないです
5: 口コミさん : 2006-06-24 05:55
こういった家庭環境の場合、この16歳の長男が疎外感を感じていたのは容易に想像出来ます。
家庭の中というのは、他からは全く分からない場合が多い。
外見の良い印象とは正反対の場合もあり得るし、まして個々の立場を理解していなければ、心理面での把握は難しい。

彼がずっと殺したかったと言っている(らしい)ことから考えて、両親の愛情が彼に行っていなかったと言わざるを得ない。
たとえ愛情をかけていたとしても、彼には全く伝わっていなかったのだと思う。

本当に、辛く悲しい事件です。
6: 口コミさん : 2006-06-24 08:23
「ゼロからやり直したかった」と供述しているそうです。

私も中学や高校時代に鉛筆を折ったり、ふすまをぶち抜いたりしていたことを思い出しました。

放火に至るまでの彼の気持ちは推し量ることは出来ませんが、取調官ではなく、身近に本音を最後まで受け止めて、ともに「どうありたいのか?」を見ることが出来る人がいれば、こんな効果的ではない行動をとることはなかったでしょう。

彼や父親はこの事実を受け止め、責任を取らなくてはなりませんが、その中で自分らしく生きていくことを願ってやみません。

社会全体の問題ですね。
「xxをしなければならない」ではなく、社会も個人も「どうありたいのか?」という「自分の心を見つめる力」を付けていくことで、このような破壊的な行動を選択する必要性をなくしたいと真剣に思っています。
7: 口コミさん : 2006-06-24 09:30
このような子供が親の言うなりになるのは、“嫌われたくないから”“愛されたいから”というのがほとんどです。

しかし親のほうは“この子の将来の為には心を鬼にして・・・”と言う方もいます。 そう、決して子供を愛していないわけではないのです。

ただ愛し方が分からない、というより知らないのです。
おそらくはその親も同じように育ってきたのでしょう。

あの少年は、お父さんを愛していた。自分にとってヒーローだった。 ただ、怖かったんです。「いつか僕は嫌われるんじゃないか。」って。



普通なら親離れしたくなる年頃(思春期)なんでしょうが、その前の“純粋に愛を感じる時間”が足りなかったんじゃないでしょうか。あの子はきっとまだ、「僕を見てよ」と無きじゃくる子供のままだったんでしょう。

思春期は必ずやってきます。“健全な思春期”を迎えさせてあげるためにも、その前の“純粋な愛の時間”が必要なんです。

子供が親に反抗するのは、切りたくても切れない“親子の絆”を分かっているからなんです。
8: 口コミさん : 2006-06-24 17:53
こんなにも、子どもたちのことを考えてる大人が、彼の回りに一人くらいいてほしかった。きっとみなさんも、そう考えておられることでしょう。

犯罪を犯す子どもたちの中には、普段からまわりを気遣い、自分を殺して殺して、限界に近づいた時、本当に自分自身が死なないために、誰かを殺してしまう、という子どもたちがたくさんいます。

どうかそうなる前に、愛を感じ取れる愛し方を、大人にも知ってほしいと思います。
9: 口コミさん : 2006-06-25 03:05
こういう事件が起こる度に、「愛情不足」とよく言われます。
「愛情」「愛」の定義又は意味はどのようにお考えなのでしょうか?

ここが明確になっていないと思考停止に陥ってしまうと思うのですが・・・「溺愛」と混同されちゃつたり・・・
10: 口コミさん : 2006-06-25 05:14
「愛」・・・人として承認され、信頼される経験 でしょうか。
溺愛は、親自身の欲求を満たすための愛で、子どもがひとりの人として尊重されていないから、愛ではない。

親も生身の人間ですから、自分を愛しているし認められたいと思っています。
子どもを、自己愛を満たすための道具にしてしまうことは、程度の差はあっても、避けがたいことなのかもしれません。
自分が十分に愛されて育った親は、ある程度自分の力で自分を愛することができますから、子どもを利用する度合いが小さくてすむ。
親になる前に、傷ついた心に寄り添う人が必要です。
治っていない傷を持ったまま親になった人を、サポートする人が必要です。
11: 口コミさん : 2006-06-25 05:35
愛って、キチンと相手に伝えるの、すごく難しいですよね。伝わらなかったら、愛されてるとは、感じられない。

人によって、感じ方・伝え方・受け取り方、それぞれ違います。子どもたちに聞いてみませんか。

おかあさんが、おとうさんが、愛してるって事、わかってるよねって。もしかして、嫌われてると思ってた、なんて答えが返ってくるかもしれません。

最近読んだ、田上時子さんの本「子どもに愛を伝える方法」を読んで、ふとそんな思いを抱きました。
12: 口コミさん : 2006-06-25 07:48
いろんな環境要素があって、子どもの頃は、医者になるか東大に入れと育てられました。

従兄弟達はそれに疑問を持たずと言うか、逆に尊敬できる親父の背中を見て医者になっています。

私は、周りがおかしい自分は間違っていないと、反抗して青春時代を生きてきました。お陰で甘い青春無しですよ!

従兄弟と私の違いはなんだろう。
大きくは、私自身を見てくれているかどうかだと、今感じています。

周りが間違っていると思っても、肯定してくれる大人が居なければ子どもは自信が持てない。
この自信を持たせてくれたのは、私の背景を知らず、私自身の能力を認めてくれた人達のお陰です。

やっと自信が持てた今だから、子ども時代にどんな風に育てられたか、ここにコメントできます。

自分らしくと言うより(ごめんなさい、この言葉は解釈によって都合良く使われる危険性があると思っているので)、自分自身をまるごとそのまんま認めてくれた上で、医者と言う選択肢も人生にはあって、医者とはこんなやりがいと夢があると活き活きと働く姿を見せてもらえれば、今私は医者だったかもしれないと思います。

そして、与えてあげていると言うのは、子どもにとって与えてもらっているかどうかは子どもしだいですよね。
知り合いの言葉で「意図せず与えること、が、いちばん幸せなのかもしれない」に最近感銘を受けました。
13: 口コミさん : 2006-06-25 08:37
現在1歳の男の子を持つ母ですが、子育てについては一生の課題です。この子がどのように大きくなっていくのかは、今の私の子育てから生活環境、これから出会う人たち、いろんなことを考えます。
こういった親を殺してしまう子供がすごく増えましたが、やはり私には考えられないことで、どうしてそうなってしまうのかわかりません。

私は特に期待されるわけでもなく、反抗期もおとずれ親と顔を合わせば口喧嘩をすることはありました。
母から言われた「あんたを信用してない」という言葉は今も忘れません。

「私の母のようにはならない!」とずっと思ってきました。

けれど、大切な母です。
忙しくしている母なので、話を聞いてもらったこともない。

愛を感じたのは、初めてバイトをしてお金を返したときに、そのお金を封筒に入れ、使わずにおいてた母。私が初めて働いて稼いだお金は使えないと言ってた。

難しい問題で一番身近な問題なので、皆様の意見を参考に子育て、自分育てに頑張ります。
14: 口コミさん : 2006-06-25 16:21
人は誰でも間違いを犯します。
子どもを愛していても、うっかり傷つけることはありますし、事故を未然に防いでやれないこともあります。
小さな傷はいずれ治るし、小さなケガをたくさん経験して大人になることは、他人の痛みを知ったり、転び方や立ち直り方を身につけるためにも必要なことですよね。
痛いときに、「大丈夫?」「チチンプイ。痛いの飛んでけ!」などと言ってくれたり、バンソコウを貼ってくれたりする人が近くにいることも、とても大事。

大きく深い傷が繰り返し与えられるた場合はどうでしょうか。
ちゃんと治療を受けないと、傷口は膿んで壊死が進行し、やがて全身の重い病気になってしまいます。

彼は、誰にも気づいてもらえなかった。

今も、気づいてもらえない傷の痛みに耐えている人がたくさんいます。
事件が起こるまで(起きてからも)何もできないこの国の貧しさに、憤りを覚えます。
15: 口コミさん : 2006-06-25 17:43
ご意見ありがとうございます。それぞれに真剣に考えられておられて参考になりました。
「命は大切」と何度も言われるより「あなたが大切」と言われる方がいい・・・というような公共広告機構のキャッチコピーがありましたが、まさに名言ですね。

みなさんのお話から「愛」とは、対象を生かそう、対象に生きようとする心の働きのように感じました。
「命は大切ですよ」では、対象(例・子供)に感情移入がありません。ただの「正しさ」ですもの。
「あなたが大切」には、まさに感情も移入した表現、内容律がありますね。

大人は子供がいて初めて「親」になれます。男も妻がいて初めて夫になれます。女も夫がいて初めて妻になれます。
子供や妻、夫がイキイキと目を輝かせてくれる事が、親である自分、夫である自分、妻である自分自身も幸せということでしょうね。
妻が輝いていたら、夫も幸せです。
子供が輝いていたら親もきっと幸せですね。

対象になる人を生かす・・・又はその働きを「愛」と呼べないでしょうか?

時に叱ることがあっても、褒めることがあっても、「その対象になる子供を生かそう、幸せになってほしい」というものであれば、子供の心に届くと思うのです。
「腹が立つから叱る」では単に怒っているだけ・・・
「子供が可愛いから褒める」では単におだてているだけ・・・

「溺愛」や「欲情」は、形は似ていても、自分の欲求に基づいている訳ですから、似て非なるものと言えるのではないでしょうか?
僕自身はそこを基準に子育てをしたいと考えています。夫婦関係も・・・・失敗ももちろん、、多いのですが。
16: 口コミさん : 2006-06-25 18:15
この事件が起こって、少年の父親が今、どのような気持ちでいるのかが
気になります。
怒り?悲しみ?憎しみ? それとも反省や後悔をしているでしょうか。

皆さんがおっしゃっているように、愛情があっても、子供にそれが届いて
いないということはよくあると思います。
親の過度な期待も、愛情の押しつけも、あまやかしすぎも、放置しすぎも、
よくあることだと思います。

要するに、バランスも大事だし、子供との相性もあると思います。
子供といえど、人格は別ですしね。

少年の父親は、成績のことで叱ったり、暴力をふるっていたらしい
ですが、子供の成績って、暴力で上がるものなのかどうか、よく
考えて欲しかったです。
たぶん、少年には、お父さんがねちねちと成績のことで、自分をいじめて
いるようにしか思えなかったのではないでしょうか。
また、少年のことをあれこれ告げ口していた母親にも恨みがあったという
話ですが、自分の本当の子供ではなかったようですけど、母親も少しは
少年をかばってあげるほうが良かった。

亡くなった小さい弟さん、妹さんもとても気の毒でした。

こういう環境で育ったからといって、誰もが犯罪を犯すわけではないですが
何か起こってからあわてるのではなく、やはり起こらないように社会を
変えて行きたいですね。

子供が学習する場所ではなく、親を教育する場所を作ってほしい、
作りたいという思いが切実にあります。
17: 口コミさん : 2006-06-26 04:51
たまちんさんの気持ち、よくわかります。

私の母は、医師として仕事一筋に生きてきた人で、
私が子供の頃は、普通の親子の会話をしたこともありませんでした。

そして、私は、絶対母のような母親にはならない!と
ずっと思っていました。

医学部に行くようにと、物心ついた頃から言い聞かされていましたが、「普通の家庭が欲しい」と、普通科へ進み、父は、泣きました。

ただ、今回の少年に比べて違うのは、両親があまりに忙しすぎて、勉強を直接親が指導するということがありませんでした。

このお父さんは、お父さんなりに子供に一生懸命、時間をさいてはいたのでしょう。そう思うと、気の毒ではあります。

ところで、今は、私と母は、仲の良い親子になっています。

母は年をとり、私を頼りにするようになりましたし、
私も、少しは成長しました。
また、母自身が、幼い頃、実の母親と別れ、後妻さんに育てられ、子供への感情表現がうまくできなかったのだということも知り、母を理解できるようになりました。

人間って、そうやって少しずつ成長していくのでしょう。
それでも、今、私自身の子育てについて、自信があるわけでもなく、試行錯誤の連続です。

ただ、今回の少年は、本当に可哀想に思います。
takaさんのおっしゃるように、こういう環境にそだったからといって、誰もが犯罪を犯すわけではありませんが、
社会として、何とかできないものかと、考えてしまいます。
18: 口コミさん : 2006-06-26 05:14
もともと、奈良の医師の家庭は、
離婚していること自体、普通じゃないと思う。

父親の体罰おもするぐらいの教育方針が、
子どもさんには、虐待を受けているように感じた。

子どもに対して、主体性を考えて、親が接していれば起こらなかった事件だと思う。
恐怖心を煽るような事柄をする時、
怒りや憎しみなどの負の感情が、自分でコントロールできなくなった時は、
今回のような悲劇が、これからも、起こっていくのかもしれない。
子ども達には、生きにくい世の中になったものだ。
19: 口コミさん : 2006-06-26 06:06
「ほめる」と「おだてる」
「しつけ」と「押しつけ」
「甘え」と「甘やかし」
「愛情」と「溺愛」
「素直」と「従順」
「叱る」と「怒る」
「親切」と「妥協」
「言う」と「させる」
「聞く」と「させられる」

なんとなく似ているのですが、明らかに違います。いや、正反対と言ってもいいかもしれません。
「素直にしなさい」と子供に言ってみても、言う側が「強情な心」で言っている場合が実に多いようです。「従順」を結果的に求めることになっているのですね。

意味の違いはみなさんわかるのですが、実際に子供に接する時の心は、右側に偏りがちです。
このあたりに今回の事件も関係ありそうに思ったりします。

このあたりのことを僕は「言葉と意味の混乱」と言っていますが、社会を変えるには国語力からでしょうかね。(笑)

「対象を生かす」って難しいですね。
20: 口コミさん : 2006-06-26 06:06
この少年の父親も、きっと同じように育ったのでしょうね。
だから、そのような育て方しか知らなかったのだと思います。

たたかれて育った子どもが皆親を殺すわけではないけれど、ずっとさびしい気持ちや、不安定な思いを抱えて、生きづらさを感じて生涯生きていくのかもしれません。
21: 口コミさん : 2006-06-26 07:32
takaさんの言われるように親の「素直にしなさい」的発言は、「親の言う通りにしなさい」ということであって、本来の素直とは子どもの本当の気持ちのことだと思います。

子ども自身が自分の感情を素直に言えることが、本当の素直な子どもだと思います。
そして、それがただのわがままや間違いだと思ったときは、その都度、きちんと説明してあげればいいと思います。
それをめんどくさがって、「とにかく親の言う通りにしたらいい」みたいにしていくと、「子どもは言っても無駄」とか、「うちの親はどうせ聞いてくれない」と思って何も言わなくなってしまうと思います。

そして、「子どもがわからない」とか「何も言ってくれない」「話してくれたら・・・」など後から後悔することになってしまうと思います。

子育ては積み重ねですので、今は親にとって素直な子どももやがて思春期をむかえ自我が芽生えたときに、親の言いなりの自分と本当の自分のギャップを感じ、そこに行き場の無い腹ただしさや、憤りを感じるようです。

私は、子どもが素直に本音の言える親でありたいと思います。
22: 口コミさん : 2006-06-26 18:21
ゆうさん、、
そうですね。世代伝承する傾向はあると思います。
ただ、知らなかったというよりは「できなかった」というほうが本当ではないでしょうか?
わかっていたらできるというものではないと思うのです。

「体罰」を否定するCAPなどの考え方もありますが、「形」よりも僕自身は「どのような気持ちで子供と接したか?」というところがむしろ子供の心の発達に関わっていると感じています。

ゆっこさん、コメントありがとう。

>私は、子どもが素直に本音の言える親でありたいと思います。
子供を素直に育てる為には、親も素直な心でいなくてはいけないのでしょうね。
自分でも「しつけ」と「押しつけ」の区別はつけているつもりですが、なかなかできていない自分も発見します。
我が家も危ないかも・・・(笑)

結局、「頭での理解」と「感情」とは別物のような気がしています。言葉(だけ)で教育するのは無理がありますね。親の感情の持ち方・・・つまり、見方、聴き方、思い方、感じ方そのものを変えていく必要があるように思っています。
23: 口コミさん : 2006-06-26 18:48
いつもこういう時思うのは、悲劇を繰り返さないために、せめて、自分が家族や自分の周りの親や子どもやそうでない人たち、そして自分自身、という自分の手の届く範囲で、精一杯の事をしようということ。
私は、仕事(家庭支援(予防教育)と子育て支援者支援の仕事をしています)でもプライベートでも、触れた人がみんな「子どもが生きてるだけで幸せだー」「いろいろあるけど気楽にやろうー」って思えて楽しくなっちゃうような、そんな魔法の杖を持つ人になりたいんだ。
楽しかったら、嬉しかったら、誰も人を殺そう、傷つけようとは思わないでしょう?
もちろん、現実は、私はそんなにいい人じゃないから、あくまで理想なのだけれどね(^o^)。
24: 口コミさん : 2006-06-26 19:02
何だか今は、こぞって、お父さんのスパルタ教育に
問題があったと言われていますが、
確かに、傲慢で、子供を自分の思いどうりにしたい
という傾向が強い人だったとは思います。

でも、ある意味、自分も仕事で疲れているのに
毎日マンツーマンで勉強を教えていたなんて、
立派なことだと思います。
結果が悪かったから極悪非道のように言われますが、
結果が良ければ、美談にもなる可能性だってあります。

勉強しろ、成績をあげろとは言いつつ、ふだんは全く
人任せであったり、無関心であったりする親も多い。

そうした親よりはずっと、子供への思い入れや責任感は
あったのでしょう。

でも、やはり、その子の気持ちや資質を思いやる
優しさや想像力が欠けていたのでしょう。

それでも、周囲に、積極的に受け入れてあげる人があれば
こんな結果にはならなかったのでしょう。
まだ若いし、思い詰めて煮詰まってしまったのですね。
何とかならなかったのかと、やりきれません。

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