2006年02月17日 07:50

初めまして。
子どもの誘拐、拉致などのニュースが流れると心を痛めます。子供の安全を守るための一提案です。

「命を守ることと素直さとは別の問題」或いは「素直さは余計に危険」という見方があったりします。

「素直」の反対は「頑固・強情」ということになりますね。

頑固さや強情さは一見強いように見えて実はガラスのようにとても“もろい”ものではないでしょうか。

自分の考え以外は耳に入らなくなり、自分の考え方と相容れないものが回りにいると、嫌悪感や対立関係になったりし、人間関係は破綻する方向に向かう傾向があります。
逆に好ましいと一旦思ってしまうと、安易に従ってしまうという傾向もありそうです。

「強情さ」というのは、「良い、悪い」「正誤」「好き、嫌い」というような二値論になりやすいようです。真ん中がない。そういう意味では「従順」は強情の一種ということになりそうですね。

素直な生き方は器にしたがって自由自在に形を変えられる水のように柔軟な心ですから、対象を理解しようという方向に進みます。そこに対象の持っている調べや、内容律を感じる感性が生まれるわけですね。
対象になる人が悪意を持っている場合も、「・・・?」と感じる心です。

「素直になりなさい!」は親の常套句の一つですが、多くは「従順に親の言うことに従いなさい!」という意味で使われます。「素直になりなさい!」と言う態度自体が実は強情な姿なので、子どもは素直どころか「強情な子」「頑固な子」に育つことに結果的になってしまうわけです。

「正義感」なども頑固の一種ですが、一旦正しいことと思い込んでしまうと、それが武器になり対立するケースが増えてきます。

横断歩道の真ん中で、赤信号を無視して突っ走ってくるトラックに「君は間違っている!!」と叫んでいる構図になります。

で、、轢かれちゃったりします。(>_<)

心が柔軟だと、、「そうか、あのトラックは急いでいるんだな」とか「無免許かも知れない」と冷静な判断ができますね。 対処はそれからできる訳です。

で、素直な心はどうしたら作られるのかという問題ですが・・・

「子どもの話を充分に聞く、心まで聴く」充分理解した上で、「事柄を言うのでなく気持ちを言う」などですね。親業で言う、I(アイ)メッセージで会話をする。能動的な聞き方、勝負無し法なんてのも参考になりそうですね。
・・・というような積み重ねが必要では無いでしょうか?
子供に親が素直に接していると、子供の心も澄んでくるはず。

その上、子育てには、必ず「鏡」関係が存在します。
子どもは他人の親に似ることはまずありません。親又は養育者ですね。
事柄だけではなく、心の中も鏡になりますから、保護者自身が「素直」な心で周囲と調和のある生活をしていることが大切では無いでしょうか。

誘拐や拉致の多くは、強引なものより、最初は「騙す」というテクニックを使いますから「素直さ」こそ、命を守る大きな武器になるはずです。
無差別に強引に拉致されるのは、また別の視点が必要ですが、多くはこれで充分防げるのではと考えています。

子どもをいつまでも守ってあげる訳にはいきませんね。いつか親から離れていくわけですし、離してあげなくてはなりませんから、「素直さ」こそ防犯の大きな武器になり得るのではないかというお話しでした。
付き添いやパトロールも悪いとは言い切れませんが、それを引き替えに子供自身の感性も鈍くなる恐れも・・・
子供自身の「心を育てる」ことが「子どもの命や安全」もぐっとレベルアップすると思うのです。

このように書くと、「あなたはできてるの?」と言われそうですが、僕も強情の塊のような人間ですが、知っていると反省は少なくともできるので、書かせて頂きました。m(_ _)m

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