2004年12月27日 12:23 by SEIYA

正直言ってちょっとショックでした。あまりに悲惨なもので。

パバロッティがボスニアの内戦後、当地に「音楽療法センター」を子供達のために建てた意味がやっとわかりました。
民族の血の浄化、とか言っていたいけな子供達がどんどん殺されたのです。
そんな状況を取材しに言って戻らないカメラマンの妻が現地に夫を探しに行き、その目を通して戦争が描かれています。

■2000年に音楽療法センターのこけら落としがありました。スポンサーになってくだすったのは、富士通テンの社員全体。(社会貢献のために給与から毎月積み立てて、社員で基金を作っているのだ!)
現地のセンターに向かったスタッフによると、苦労して入ったこの国は、まだ銃後の痕も生々しく、街全体が夜には明かりもなく、こけら落とし終了後に空腹を満たすために何時間も食堂を探さねばならなかったそうです。
まだまだ忘れちゃいけないことがたくさんあるようです。

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